「スウィート ヒアアフター」映画と小説



◼︎コストコで働いてる人は、日本人でも、
ハゲてても太っててもおじさんおばさんでも、なんでカッコよく見えるんだろう?


原題 THE SWEET HEREAFTER 1997年 カナダ

オススメしたい「手紙は憶えている」「白い沈黙」の監督アトム・エゴヤン、
そういえば「エキゾチカ」が忘れられない。

出演
イアン・ホルム
サラ・ポーリー
カーザン・バンクス
トム・マッカムス
ガブリエル・ローズ
ブルース・グリーンウッド
アルバータ・ワトソン
アール・パストコー
アルシネ・カンジアン
モーリー・チェイキン
サイモン・ベイカー
デヴィッド・ヘンブレン
ステファニー・モーゲンスターン




原作はラッセル・バンクス
「この世を離れて」


ラッセル



ヤク中でHIV感染者の娘に、電話で金をせびられる父親。職業弁護士。
そんな弁護士が、カナダの小さな町で起きたスクールバスの事故を、
バス会社と学校に責任を問い、賠償金を取る訴訟に持ち込もうとする。

事故で亡くなった子供たちの親を訪ね歩き、
事故は町の整備士にも運転手にも誰にも責任は無い、
ということを前提に起訴に持ち込もうとする弁護士。
しかし親たちも運転手も、あまり話したがらない様子。

事故の唯一の生き残りの少女が、審問の場で証言するとこに。








小さな街 
誰にでも秘密があり、
公になったら街にはいられない


そして、

よそ者が街のことに口出しするのを忌み嫌う


まずこれが根底にあっての話ですね。
秘密は実は知られているのかもしれないけど、誰もが目をつぶっている。
それが犯罪であれ、ことを荒だて、近所と気まずい雰囲気になるより、
蓋をして平和を保つのが賢い田舎の処世術。



気持ち悪いったらない映画です!

何せ、なんのためらいや抵抗も感じさせない
父親と子供のセックスありですからね。
しかも、この子供はどうやら、自分への興味が減ったと思われる父親に対し、
怒りを押し殺してるようだからね。
「私をもう好きじゃないの?」みたいな・・・  キモい

この子が証言で嘘をついた理由を、心の声で、
「彼にはわかるはず」ってナレーション入れても、
そう簡単にはわかりませんよ。この作り方じゃあ。

*だいたい、この父親、児童虐待しておいて、訴訟で賠償金もらおうって、
愚かで浅はかで なーんにも考えてないのね。


個人が個人として生きられない地域社会の、
吐き気を催す秘密主義の話です。


劇中の「ハメルンの笛ふき」の意味するところは、
よそ者の弁護士が町にきて、人々を言いくるめて
自分の思う方向(集団訴訟)に進ませようとする弁護士が笛吹きということのようです。
一人残った足の悪い男の子が、生き残った少女ということね。


どうも何か釈然としない鑑賞感なので、一体原作はどうなってるんだろうと思い、
読んでみました。読んで納得。
タイトルの謎も、少女の父への気持ちも嘘の理由もよーくわかりました。
原作の意図をもっとわかりやすく映画化してもらいたかったなぁ。

弁護士の記憶  若い夫婦と娘の寝姿の映像が美しい


この世を


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

*小説を読んで (完全ネタバレ)

構成

主要人物4人の、一人称の語りで、
町のこと、事故のこと、事故後のことが明かされていく。

主要人物4人

<スクールバスの運転手ドロレス>
 町の子供達を愛する生真面目で実直な女。夫は脳卒中後に車椅子生活になる。
 成人した二人の息子たちとの距離感に苦しむ。

<よそ者弁護士スティーヴンス>
 都会の賠償追訴専門の弁護士。離婚して独り。
 正義感からスクールバスの事故を起訴に持ち込もうとする。
 一人娘はヤク中で、HIVに感染というが、父から金をせびるための嘘かもしれない。

<事故の目撃者ビリー>
 街一番のハンサムガイ。ベトナム帰還兵。
 妻を癌で亡くし、整備工場を営みながら双子を育てているうちに、
 ムラムラと湧き上がる性衝動に勝てず経営難のモーテルの経営者リサと不倫。

<事故の生き残りニコル>
 美貌ででチアリーダーで人気投票一位の女の子。
 事故で生き残るが、背骨を折り下半身がマヒした。
 事故前は父親の性欲の犠牲になっていた。そのため自殺を考える毎日だった。

肝心のところが、映画では誤解されるように描かれていた!
 1 ステーヴンスは、金のためじゃなくて正義感で訴訟を考えた。
 2 ニコルは、父親の行為が恐ろしく自分が恥ずかしかった。

あああ。。。 よかった。ニコルはやっぱり父親との性行為が嫌だったんだ。
映画じゃまるで、相思相愛みたいなシーンになってたからね。

ニコルの気持ち 嘘の理由

事故前のニコルは、父親のすることに動揺し混乱し、
精神的に完全に被害者、弱者となっていた。
事故後は、性の対象が半身マヒになろうと変わりなく欲情するほど、
強い(褒めてない)精神性の人間じゃなかった父親への軽蔑が湧き、
今後は自分が父親を牛耳れると気づき、父親を態度と言葉で痛めつける事に喜びと力を感じる。
ドロリスの運転に罪を着せた嘘は、自分が嘘をつく事で訴訟ができなくなると、
賠償金を狙ってる、卑怯者で小心者の父親に打撃を与えられるだけでなく、
自分の嘘の理由も悟ったはずの父親に、一生負い目を抱かせることができる。
『愉快だ』

映画で重要視していたハメルンの笛吹きは一切出てきません。

[この世を離れて The Sweet Hereafdter]

このタイトルの意味は、ドロリスが事故後、ニコルの嘘を知ってから、
彼女が感じた気持ちだったのです!
事故の後は、死んだ子供達も生き残った子供達も、自分も、
まるで全く別の町の住人のようだ。天国の町に住む孤独な魂のようだ。
という、悲劇の後に人々が感じる非現実の感覚ね。
しかも、ニコルの嘘を恨むどころか肩の荷が下りたと感じる開放感。

小説の方が何倍も面白かった。
この作者の作品をもっと読もうと思う。

「狩猟期」「サクセス・ストーリーズ」「大陸漂流」

ラッセル・バンクス

うん、よし、この顔なら読んでやる
(顔の良し悪し好みの問題の意味ではない)

ラッセルバンクス







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コメント

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Yuimaさん

私も、好きな小説が映画化されて観る時は、かなり用心します。文章からもらった感情は、自分の頭で描く方がずっと素晴らしいに決まってますもの。昔「風と共に去りぬ」の原作のものすごい壮大さに衝撃受けて、傑作と思っていた映画も、やはり小説にはかなわないと知りました。魔法学校はまだ全作は読めずにいます。でも映画は観ません。魔法が解けそうで。あ、ベンジャミンバトンは、小説は嫌いで映画が大好きな珍しい作品だけど。

No title

小説から映画になるとたまに起こるがっかり現象ですよね。私もだから原作があると有名なお話は、最初に原作を読めたら読むようにしています。というかできれば原作がある映画はあんまり観たくないのが正直な気持ち。だから有名なイギリスの魔法学校のお話は映画を観ない派なんです。