「マイケル・ムーア、語る。」 その3


マイケル・ムーア11年ぶりの書籍だそうです。
「マイケル・ムーア、語る。」



子供のころから社会運動に興味があり、世の中の仕組みに疑問を持ち、
思ったことは実行に移してきたマイケル・ムーア。



マイケル・フランシスムーア



地元ミシガン州フリントにあるGM社の裏を暴く新聞を発行していた時、
新聞の協力者だった一人の神父がマイケルに、
エノラゲイに祝福を与えた従軍司祭だった過去を告白し、
苦しみを吐露する。
「自分がしたこととその結果を自覚し、質問し、間違ったことには意義を唱えるのが
全ての人間の責任だ」
「日本は既に降伏を決めていた充分な根拠があるが、
アメリカはソ連に見せるために原爆を落としたかったんだ」
終戦後神父は、権力者が常にロクでもないことをたくらみ、
貧しい人がいつも犠牲になることを知り、
生涯を平和運動に捧げる決意をした。

そうだよね、戦争の狂ってるところは、
隣人を愛せ・殺すなと言っている宗教さえ、いいように利用するところだ。

レーガンがナチの墓まいりをすると聞いたマイケルが、
厳重な警備を機転のきいた口からでまかせでかい潜り、
意思表示の幕をレーガンに見せた「ビットバーグ」という章もすごい。

こうと思ったら必ずやるのがマイケル・ムーア


失業中にふと本屋で目にしたビジネス誌の広告が面白そうだと、
企業経営者のみの「マキラ・エキスポ’86」に、
レーガン政権が何を企んでるか調べてやる!
と経営者のふりして潜入した章は、企業のトップでさえ騙される、
政府によるマルチ商法並みのインチキに愕然とした。


と、それはそれは大胆で面白くて意義のある、
結果を出す活動をしてきたマイケルが、いよいよ映画に関わることになる話。

ニューヨークの政治コラムニストの友人から、
中西部の極右団体のドキュメンタリーを撮りたいからと協力を頼まれ、
そいつらの集会に行ったらあまりに危険で誰もインタビュアーになりたくなくなり、
「必要ならお安い御用だ」と、引き受けたマイケル。
なりゆきで初の映画出演。

「この映画を見た99人が我々を嫌っても、1人が気に入り参加する。
そうして徐々に仲間が増える」と言った白人至上主義の男の言葉に、
さすがのマイケルも冷水を浴びせられた気持ちになったと書いている。
それでも、「あんたたちが来て欲しい未来なんて来ない」と発言したマイケル。


てな経緯があり、その後、故郷の工場の人員削減10000人を宣言した、
ゼネラルモーターズのCEOに怒髪天を突き、
「俺はもう我慢できない、映画を作る!」と友達に宣言。
ここでの会話が可笑しい。
「俺は映画を作る」
「映画の作り方なんて知らないだろう?」
「俺は沢山映画を観てる」
「そうだな」
「あらゆる映画を観てる」
「お前ほど沢山映画を観てるやつはいないな」
「俺は沢山映画を観てるから、映画の作り方もわかると思う。
だからこの映画を作る」

いいぞ!マイケル  さすがマイケル


で、ニューヨークまで12時間車を運転して、
ネオナチの集会を撮ったドキュメンタリー作家に色々教えてもらう。
その作家ケヴィン・ラファティは、
カフェオレが飲みたくてホームレスに小銭をせびるくらいなド貧乏だったのに、
のちにブッシュの親戚だとわかり、驚いたマイケルが、
俺が政府とブッシュとに対して反対の発言を散々してたたことをどう思うと聞いた。
「叔父とは政治的立場が違うし、家族の事情は複雑だ」の答え。



ケヴィン・ラファティ監督作「アトミック・カフェ」

驚いた!
その昔私は、デートにこの映画を選び、男にドン引きされた経験あり。
ものすごく不機嫌になられ、1日が台無しになり、のちのち他の女にとられた。


経営者のふりして潜入し



ケヴィンの言葉がいい。
当時、フィルム撮影だった映画、金がかかる。
「フィルムが紙みたいに安かったら、横着してなんでもかんでも撮るようになる。」
「フィルム制限時間内で伝えたいことを考えるようになり、現場で頭の中で編集ができる。」





やっとマイケルが映画監督になったんだ!


やったーーーーー!!!


マイケル初監督作「ロジャー&ミー」Roger & Me
GMのCEOロジャー・スミスがロジャー、マイケルがミー



ロジャー&ミー DVD









マイケル・ムーア、語る。その1

マイケル・ムーア、語る。 その2


マイケル・ムーア公式サイト





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