「ザ・トライブ」


▪️「族」という漢字に、家族や一族じゃなく、
 暴走族を連想してしまう  びーです▪️


えらい品もんだぞ!これは


私の好きな、素人や新人を使った映画です。
しかし、この新人たちは根性すわってます。
キャリア15年くらいの威圧感あります。すばらしい。


原題 ПЛЕМЯ(部族) 2014年 ウクライナ


監督ミロスラヴ・スラボシュピツキーは、ショートフィルムをたくさん撮っています。

出演
グレゴリー・フェセンコ
ヤナ・ノヴィコァヴァ

ロザ・バビィ
オレクサンダー・ドジャデヴィチ
ヤロスラヴ・ビレツキー
イワン・ティシコ
オレクサンダー・オサドッチイ
オレクサンダー・シデリニコフ
サシャ・ルサコフ
デニス・グルバ
ダニア・ブコビイ
レニア・ピサネンコ
オレクサンダー・パニヴァン
キリル・コシク
マリナ・パニヴァン
タティアナ・ラドチェンコ
リュドミラ・ルデンコ




toraibu


『少年は愛を欲望した 少女は愛なんか信じていなかった』って何すか?
なんで日本ってこう、愛だの恋だの幸せだの、使えば使うほど偽善臭くなる言葉を
宣伝文句にしたがるんだろうね。げろげろだぜ!
だいたい、性欲ありきの愛なんて愛じゃねえ!発情だ!



ろう者の寄宿学校に一人の少年が新入生としてやってくる。
この学校は大人の目は届かずどころか、大人も子供を食い物にしてる。
売春、酒、タバコ、恐喝、殴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る。

新入生は最初は、殴られ蹴られ巻き上げられ殴られ蹴られ巻き上げられる。
そのうち自分も、殴る蹴る殴る蹴る巻き上げる。

惚れた女は売春婦、金渡せばヤらせてくれるが、自分は独占したい。
女はイタリアに行きたがる。行かせてなるものか、俺とここに居るんだ!
(イタリア行きですが、本人たち知らずに、
きっと売春組織に売りとばされるんだろうね。と推測)

聞こえないから、バックしてきたトラックに背を向けて、
タバコを吸っていた少年は轢き殺される。
聞こえないから、同室の子がヤってても熟睡。
聞こえないから、同室の子が殴られてても熟睡。


暴力が息をするのと同じくらい自然な子供ら








カメラワークだろうね、これがうまいんだね。
ワンシーンワンカットってやつ。これの長さが、うまいんだよ。
やたら長いと、しらけるし退屈だもん。

ちょっと「白いリボン」の緊張感と禍々しさを思い出したよ。

数分、これ、いつの時代?と、昔の時代設定かと思う建物の荒れ方。
女の子のハイヒールスニーカーで、あー、今だ、とわかった。
もっとも、ウクライナの田舎の今は、すさんだ建物だらけなんだろう・・・


割れたガラスの尖った先みたいに危険極まりなく、
悪魔ってこんな?くらいに凶暴で悪質な子供たちに、
嫌悪感を抱くのは当然よね。
だけど、子供たちの家庭事情やこれまでの人生にはひとつも触れてないのに、
あ〜、きっと親に見放された子たちなんだろうな〜 の可哀想さは感じる。
だから、嫌悪感だけじゃなく、正しく導く大人はいないのかよ!
と悲しくなってくる。切なくなる。

愛情をかけられた実感のない子の、思春期の鬱積したエネルギーなんて、
どんなふうに爆発するかわかったもんじゃない。



最初から最後まで、非常に騒がしく饒舌に感じるのは、
手話の素早さ激しさと、顔・全身の表情の激しさ。
うるさい!だまってろ!と言いたくなるくらいに喋りたおす。


一番良かったシーンは堕胎シーンです。
<男の一瞬の快楽のとばっちりで、
女の体に根付いてしまった苗を粉砕し掻き出す>
行為を、
因業ババアの凍った怒りによる手際の良さで表現し、
一部始終きっちりと見せてくれた。

ありがとう
堕すという言葉にはこんな真実があるんだよ、
の、いい教育になりますね、これは。

演じた女優は、このシーンには8時間かかり、バケツ1杯分くらい泣たそうです。
観客に同じ痛みを感じてもらうことが大事と言っている。
ものすごく痛かったよ。男ども しかと見やがれ!と怒りながら痛かった。


一部始終見せるのは交尾シーンも同じ。
パンツ下ろすところから射精で終わるまで、
丸裸で体位を変えて接合する。貪るという言葉が似合う10代の交尾。
いやらしいはずなのにいやらしさは無く、醜いはずなのに醜さも無い。

しかし、堕胎シーンといい交尾シーンといい、
女優がどれほど肉体的にきつい仕事だったか、まるでアスリートだな。
と思ったら、女優さん、ジムに入って鍛えてから仕事にとりかかったそうだ。


ラストが好きです。あれを好きというのは人としてどうなの?
って感じですが、溜め込んだ怒りに絶望が火をつけると、あーなるもんだ。
おいら、わかるよ。


まあ、すごいエネルギーを持つ映画だよ


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以前、元受刑者が書いた手記を読みましたが、
刑務所の中には耳の聴こえない人も多く、聞こえる人の社会とのずれ?
意識や物事の感じ方の違いが、罪を犯すということになり、
本人納得できないままの起訴に繋がるケースが多々あるのではないかと言っている。


音が無い世界で形づくられる脳の癖、そこからくる感情、思考、
聞こえる私には絶対に知り得ないものだと思う。


*そうそう、数年前に見たある映画で、
やけに足音とか食器の音とかが耳について、イライラした映画があったんだけど、
あれはもしかして、セリフがある映画で、それも気恥ずかしいセリフで、
なのに背景の音も大きくて、だからだったのかも?
トライブでは、大きな足音も机が落ちる音も、全然煩いと思わなかった。
あの大きな音が、あの子たちには聞こえてないのだから、
大きな音がすでに無意味だから、存在しないものだから。



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