「処女の生き血」4


「Blood for Dracula」

4回目の記事を書く前に、知らずに不義理を重ねていたこと深くお詫びいたします。


以前、アメブロからこちらに引っ越してきた直後に、ある方から、
「間違って拍手のほうにコメントしちゃいました」との、
記事頁のコメントを読んで、「拍手コメント?知りませんでした、それ」
とお返事だけして、もう一度くれたコメントに安心して、
放っていた事がありました。で、そのことさえすっかり忘れていました。


今回、卓越した映画記事をお書きになられているラウ・チェンさんより、
コメントが反映されませんとのことで、管理頁を探してみたら、
迷惑コメントにもありませんでした。
(なぜ迷惑に区分けされるのかもわかりませんが、時々あるみたい)
「ブログ拍手」をクリックすると、拍手コメントが開くではありませんか!
迷惑コメントでも、普段まず開かないのに、拍手なんて全然見ませんよー。

びっくりしました!

これまでいただいていたありがたいコメントを、
完全に無視する形になっていました。


皆様、本当ーーーーにごめんなさい

シカトだもんね、嫌われたわよね、嫌われたわよね? ごめんね・・・

これから、こんなことがないように、
拍手コメントって項目は出ない設定にしました。

拍手コメントは、「一般公開」に設定しても公開にならないので、
ラウ・チェンさんからの「処女の生き血2」への「拍手コメント」は、
私だけがしか読めません・・・ 残念



★ラウ・チェンさんの素晴らしい記事はこちらです★

FREAK



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、処女の生き血です。


しょじょの



〜撮影秘話〜



<ウド・キアによる秘話>


・悪魔のはらわた撮影終了日のランチタイムに、モリセイ監督に、
「次はドキュラをやってくれ」「10キロ痩せてね」と言われ減量。
映画で男爵が車椅子を使うのは、立ち上がる力もないほど弱ってしまったから。

・ロケ地となった屋敷は、主が心の病気で入院したため、
治療費を捻出しようと家族が貸し出した悲しい屋敷。
同時期に他のロケハンにも貸していたらしく、ある時、間違って
他の映画の撮影(たぶんベッドシーン)部屋に入ってしまい、
ドラキュラが部屋を横切って驚かれた。

・エネルギッシュでリーダー的なフランケンシュタインの役から、
「もうしわけないけど、血を飲ませてもらうよ」と言っているような、
繊細で弱々しいドラキュラになるには、頭の切り替えが必要だった。

ドラキュラを演じた役者の演技を参考にはしなかった。
実在の人物ならリサーチをするが、架空のキャラクターは、
自分の感覚で作り上げたいから。



「ピーター・ローレは好きだ」と言っていたので、
ドラキュラを演じた俳優かなー、と調べましたが、悪役の多かった
ハンガリーの俳優で、写真を見たら見覚えありました!

Peter Lorre(1904〜1964)

ヒッチコック映画でおなじみですね


pi.jpg


ウド様が「天才的なオープニングだ」と褒めるオープニング
とくとごらんあれ!


弱り切った男爵が、悲しげな顔で眉を描き、頬を染め、紅をひき、
髪を黒くして、ドラキュラへと変身していく。






、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


<モリセイによる秘話>


・ 続けて撮った二作は、わざと『肉』『血』をタイトルにつけた。

「悪魔のはらわた」
FLESH FOR FRANKENSTEIN(フランケンシュタインのための肉)
「処女の生き血」
BLOOD FOR DRACULA(ドラキュラのための血)

肉は、人間の問題をあらわし、(肉欲・生と死・病気など。。。。ね)
血は、そのものがミステリアスで人を怯えさせる。
肉と血は、何百年も前から人間のテーマなのだ。


・ドラキュラが日光を嫌うことを忘れていて、(笑)
男爵が馬車を降りるシーンで、あわてて帽子で日差しを遮らせた。

・失われた道徳基盤、家族のモラル崩壊を表すための処女性であり、
金のために娘を嫁がせる親、の設定。

・1920年代を想定したのは、伝統に生きる男爵に対して、
伝統的な価値観が崩れてきた時代にしたくて。
ドラキュラの時代性をふまえながらも、現代に通じるものにするため。

・娘たちが庭仕事で半身はだかになるシーンは、イタリア映画
「にがい米」へのオマージュ。

あああ。。。シルヴァーナ・マンガーノ様

こめ


・スピーディでエネルギッシュなフランケンシュタインに対して、
美しく詩的で内省的なドラキュラを作り、解毒剤とした。

・30万ドル3週間で仕上げるため、セットや道具をみんなで工夫した。
特にセットは、何も無いということで、逆に成功した。

・ウド・キアの威厳あるまなざしは、サイレント時代の俳優のようだ。
目で語り、声で表現する。現在の多くの映画で見られる、
オーバーにわめきちらす演技は嫌いだ。

ホラーは奇妙な道化だ。
処女の生き血は、ホラーの精神世界への静かな旅行である。




そして、はらわた&生き血に限らず、映画製作に関する言葉の数々。

・多くの俳優が、映画の最初から最後まで一本調子なのは、
登場人物の多様な面を引き出せる脚本家がいないせい。

・映画を作るうえで理念とするのが、『見る価値があるか』ということ。
観客に、時間を無駄にしたと思わせない映画を作る。
そのために大事なのが、登場人物の個性。
キャラクターが興味深ければ、その映画は面白くなる。

・今のアメリカ映画は
*人が努力して欲しいものを手に入れる* ものばかり。

欲しいものを手に入れて、先にあるのは、『飽きる』『ますます渇望』であり、
幸せになるわけではない。


これ、私がいつも斜にかまえて感じる、世間にあふれる
ーポジティブシンキングソングや、
ー奇麗な色で気分が明るくなるアートや、
ーキスして終るアメリカ映画 他・・・・

を思わずにいられない。

深遠さ複雑さ叙情、想像力などを、大切にしてはいけないがごとくの、
ある意味、全人類洗脳エンターテイメントを、「何がいいんだ?」
と言ってくれてる気がした。

モリセイブラボー



あと書くのは、映画の詳しい場面ごとのあれこれ、
登場人物の心理、などですね。







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コメント

非公開コメント

ラウ・チェンさん

私は、血と肉が人間のテーマ
という言葉で、なぜに自分がこんなに、血や肉片飛び散り内蔵でろでろに燃えるのかを説明してくれた。と思いました。人間ほど、奥深く興味が尽きない存在は無いと思うのです。いい面も悪い面も。血と脂肪を混ぜたくそ袋のくせして、何よりも複雑な脳を持つ人間。
日本の監督さんは知らないのですが、モリセイの理念には感心し、敬服いたします。
ラウさんのページの検索ワード(^^;;
こだわりを持って映画をみている人々のバイブルなんでしようね。

私は、かわいそうな登場人物に肩入れするタチなので、ドラキュラの心の記事も書きたいです。ではおやすみなさい。ルミ様にも

まさにブラボー!

こんにちは。

いつ更新するか分からない放置blogなのに紹介してくださりありがとうございます!
管理画面に検索キーワードがあるじゃないですか、うちはグラインドハウス(エクスプロイテーション)に特化してるので検索して来る方々のキーワードが、ブラックスプロイテーション巨乳、スプラッター乳首、とかで彼女共々大爆笑なんです。
本作や悪魔のはらわたも60年代から80年代までのUSカルチャーだったグラインドハウスで上映され未だにカルトとして一部に熱狂的に支持されております。
本作のウドキア様はほんとサイレント時代の役者を彷彿とさせますね!
モリセイも職業監督として素晴らしい信念を持ってたんですね!
日本のエクスプロイテーション、プログラムピクチャー職業監督に通じるものがあります。
悪魔のはらわた同様よくぞここまで掘り下げてくれたNEWびーさんにリスペクトであります!