「グレタ・ガルボのすべて」


子供の頃、マレーネ・ディートリッヒより、
断然、ガルボ派でした




原題 GARBO 2005年 アメリカ

*洋画専門チャンネルザ・シネマで鑑賞 DVDも無いみたいです。

気品と威厳の美女 Greta Garbo スウェーデン産まれ 1905〜1990

ガルボ

グレタ


スウェーデンの貧しい家庭に産まれた演劇好きの少女が、
アメリカ、ハリウッドに渡り、36歳で引退して、生涯NYのアパートで生きた。
その半生を、生前のガルボを知る人々へのインタビューで綴ります。

勤務していたデパートの宣伝映画に出たことで、映画関係者と知り合い、
スウェーデンの巨匠だったマウリッツ・スティッレルと、アメリカに渡る。
監督に、「アメリカには君みたいに太った女優はいない」と言われ、
ほうれん草しか食べずに痩せて。

当時、新スタジオだったMGMと契約し、イメージを作られ、
稼ぎ頭になるが、独裁的な社長と気が合わず、パーティにも出なかった。
英語も話せず、ハリウッドの人間を信用していなかった。

サイレント時代の俳優の、明暗が分かれたトーキー化。
1930年の「アンナ・クリスティ」で、初めて声が披露され、
ガルボのイメージ通りの”官能的な声”を観客は歓迎。

しかし、銀幕のイメージとはあまりにも違う、本当の自分で生きるため、
「奥様は顔が二つ」(興行も批評も良くなかった)を最後に引退。
時代は、若くて明るい女優を求め、ガルボは真逆のイメージだった。

本人は、<ハリウッドに疲れた>と、言っていたそうです。

故郷で人目につくよりも、大都会NYのほうが隠れられると、NYに住み続けた。
それでも、東52丁目のイーストリバー沿いのアパートからの眺めは、
ストックホルムにそっくりだったそうです。


ガルボが一時スウェーデンに帰り、ハリウッドに戻った第一作目
「クリスチナ女王」予告動画




ガルボ、初のコメディ映画「ニノチカ」(1939)予告動画




このドキュメンタリーを見て、スターは作られる!
をつくづく思い知りました。


ヘアメイクで長所を際立たせ、短所を隠し、
照明とカメラで美貌が左右され、
宣伝方法で人格さえ作られる。


いや、照明さん!照明さんの手腕が第一だと思う

若い頃、素顔に近いガルボは、キレイだけれど、きれいな北欧の女性。
ハリウッドでの写真にある、神秘性や貴族的威厳は無い。

私がなんとなく感じていたこと、『ガルボは何セクシャル?』
数人の言葉によると、
・彼女が使ったあとは、便座がいつも上がっていた
・男言葉をわざと使い、周囲を楽しませていた
・ズボンをはきたがった

ガルボのラブシーンに関しての見方と、性に関しての意見、
異性愛と同性愛の男で見解が違うのがおもしろい。

異性愛=「彼女はじらずのがうまい」「たくさん男と付き合ってた」
同性愛=「必ず自分がリードする」「男として男と付き合いたかったんだ」


私は、彼女は、頭の中はわりと男に近く、
女性としての外見に不満は無いものの、
男に愛され守られる立場の女にはなる気がなかった。
男と付き合って(性的に)も、リードをまかさなかった。
のではないかしらん?などと想像いたします。 

セクシャリティがどうでも、
美しい人は、美しいというだけで、存在が素晴らしい









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コメント

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愛ちゃん☆

ディートリッヒ、たぶん、子供の頃初めてみた彼女の顔(頬骨のあたり)が、101匹ワンちゃんのクルエラのようで、怖かったのです。。。あと、「嘆きの天使」が子供にはエッチに思えたんですね。。。だから、ガルボにいってしまったの。

ガルボ、小学校しか行ってないそうです。ずっとそこにコンプレックスを持っていたとか。
ドキュメンrタリー、いつかDVD出るといいです。

私は、ディートリッヒに惚れ込んでいますが、びーさんの記事を読むと、グレタ・ガルボについて、初めて知ることばかりで、このドキュメンタリーは、気になりますね☆でも、ディスク化されていないのですね〜(^.^)

マニッシュなスタイルが似合う女性って憧れてしまいます(^^)